電子書籍の/とインタラクティヴィティ
師 茂樹(花園大学)
1. はじめに
2010 年に人口に膾炙した「電子書籍元年」、そして 2011 年に公開された EPUB 3
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に
よって、日本国内における電子書籍イメージについての共通認識が固まりつつあるよう
に思われる。そのイメージとは、特に EPUB 3 の公開において縦書きなどの日本の組版
に対応したことが大きく喧伝されたことからもわかるように、要するに“紙の書籍の電
子版”とでも言うべきものである。全文検索や音声自動読み上げなどによってより読書
が多様化するだろうし、絶版がなくなったり読みたい本がダウンロードで即座に手に入
るようになったりするのも従来の読書のあり方を変えることかもしれない。また、
Amazon や Apple などによる自費出版サービスは、無名の作家を世に送り出すことを
容易にするだけでなく、研究者による学術同人誌や大学の研究論文集などの出版にも福
音をもたらすかもしれない。しかしこれらはいずれも紙の書籍の延長線上にある考え方
であって、電子書籍特有のメリットかと言われるとそうではないように思われる。
一方、個人用のコンピュータが普及しはじめた 1980 年代、あるいはインターネット
が注目されるようになった 1990 年代から現代に至るまで、コンピュータというメディ
アによってはじめて可能になる文学(的)作品が登場し、少なからぬ量の作品が流通し
読者(プレイヤー)を楽しませている。しかしながらこれらの作品は、文学的要素を持
っているにもかかわらず、電子書籍とは異なるコンテンツやアプリケーション・ソフト
ウェア (典型的にはゲーム) として区別されている。たとえば、「ハイパーテキスト小説」
を自称する井上夢人『99人の最終電車』
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を電子書籍と呼ぶ人はあまりいないだろうし、
ストーリーを追いかけるだけでインタラクティヴ性がほとんどないソフトウェアに対
する「ノベルゲーム」という折衷的な呼称は、この曖昧な状況をよく表しているように
思われる。“紙の書籍の電子版”であることが悪いと言いたいのではなく、そのような限
定されたイメージが普及し固定化することによって、電子書籍による表現の可能性の幅
を狭めたり、電子書籍というメディアの持つ表現の固有性を隠蔽したりすることになる
のではないだろうか、と思うのである。
また視点を変えて、「デジタル・ヒューマニティーズ」や「人文情報学」などと称さ
れる人文学へのコンピュータの応用に関する研究分野について見てみると、やはりこの
コンピュータを使った文学作品等の存在あるいは不在が注目される。欧米における
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“EPUB 3 | International Digital Publishing Forum” http://idpf.org/epub/30(2012 年 2 月 19 日最終
確認)
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井上夢人「99 人の最終電車」http://www.shinchosha.co.jp/99/(2012 年 2 月 19 日最終確認)