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― 426 ― 広島大学大学院教育学研究科紀要第二第五七号二〇〇四一九-四二六元田永孚における『論語』の新たな位置づけ―『元田先生進講録』を中心に―アンディー・バンキット・セティアワン(受理日二〇〇年一〇月二日)はじめに―課題と問題の所在―明治三十三年三月二一日『毎日新聞』に木下尚江(名、松野翠)による、的書が掲載された。対象とされたのは明治期の儒学者、元田永孚が、明治天皇の侍読・侍講に任ぜられている間に進講した内容の記、『経筵進講録』である。この書は、元田永孚による儒学のテキスト『論語』に対する解釈であった。尚江は、この書に対し「『経筵進講録』を読みて世に警告す」という題の下に、そこに見られる矛盾点を指摘・した。が警告したのは一体何だったのだろうか。は、次のように書いている。男は曰く「我國は天地開闢より天祖の一君ましまして臣民を統治し、子々孫々萬世窮りなし、故に天下の大道は、君臣に始まりて、萬づの道理皆此の君臣の包含せり」、然らば何が故に君主は先天的に斯かる大権を存するや、男は曰く「元来天躰は世界を終始包含して、日月山海も天中の一なれば、君躰を主宰保合して、臣民は君体中の一子なり、故に政党と云ふ者があるべからず、民権と云ふ理もなく、社会説も起るべきなし」。『天躰は世界を包含す』との前提より、如何にして『君体は天下の主宰』にして臣民は『君体の一子』なりて断定を生み出すやは、余の了解は能はざる所なりと雖も、余は此の如き無法の結論が常に『専制君主の権力を弁護せん為めに厚顔にも唱道せられしことを史上に熟知するなり、然れ共立憲君主=自ら立憲政治を創め玉ひたる英主に向かて、君主専制の曲説を進講する者あらんとは世人の思ひ設けざりし所ならん……⑴ ここで、尚江は現実の明治国家の制度(立憲制度)と、元田の進講中の専制君主論との間の矛盾を指摘しようとしたのである。元田は、君主と臣民との関係を、天体と世界(日・月・山・海)との関係と同様なものだと考え、それに基づいて日本の近代国民国家のあり方を説こうとした。それに対し、木下尚江は、特に元田のいう「故に政党と云ふ者があるべからず、民権と云ふ理もなく、社会説も起るべきなし」を受けて、それを専制的君主論だとしたのであろう。この木下尚江が注目した、立憲制度と元田の進講中の君主論(専制君主論)との相違と矛盾は興味深いことである。確かに、木下尚江が指摘するように、立憲君主制を選んだ明治政の頂点に位置する明治天皇に対して、元田により専制的君主論が進講されたことはその通りであるが、他方、天皇という神道の象徴に対して、『論語』という儒学古典の解釈を基に進講が行われたことも、よく考えれば思議なことに見える。天皇は日本の独特の価値観に基づいて構築された君主制度であるが、その価値観の原点は神道思想にある。神道が提供する教義は、天皇の根拠とされ、天皇の正当性や権威の理由けとされてきた。天皇は神道の伝統の中にすでに自らの位置づけを有しているのである。一方、『論語』というテキストは儒学思想の中に最も正統な古典として位置づけられるものである。このように一見、異なる思想伝統の中に存する天皇と『論語』が、近代日本の天皇制、特に宮中