印
度
學
佛
教
學
研
究
第
五
十
三
巻
第
一
号
平
成
十
六
年
十
二
月
『
維
摩
経
文
疏
』
所
引
の
「
普
集
経
」
に
つ
い
て
山
口
弘
江
天
台
大
師
智顗
撰
・
章
安
灌
頂
補
遺
『
維
摩
経
文
疏
』
(
以
下
『
文
疏
』
)
に
は
、
『
法
華
経
』
と
『
無
量
義
経
』
の
関
係
に
比
し
て
、
『
維
摩
経
』
の
序
に
該
当
す
る
も
の
と
し
て
「
普
集
経
」
な
る
語
が
挙
げ
ら
れ
て
い
る
。
し
か
し
、
こ
の
語
は
『
文
疏
』
に
先
行
し
て
成
立
し
た
『
維
摩
経
』
の
注
釈
書
で
あ
る
『
注
維
摩
詰
経
』
及
び
、
浄
影
寺
慧
遠
の
『
維
摩
義
記
』
の
中
に
見
出
す
こ
と
が
で
き
な
い
。
ま
た
、
嘉
祥
大
師
吉
蔵
は
こ
の
語
に
つ
い
て
関
説
し
て
い
る
が
、(1)
そ
の
内
容
は
わ
ず
か
に
『
維
摩
経
』
の
序
経
と
し
て
位
置
づ
け
る
の
み
で
あ
り
、
ま
た
、
吉
蔵
自
身
は
実
際
に
こ
の
経
を
見
て
い
な
い
と
い
う
。
一
方
、
智顗
は
『
維
摩
経
』
の
思
想
を
説
明
す
る
た
め
の
比
較
の
対
象
と
し
て
、
こ
の
「
普
集
経
」
の
語
を
多
用
す
る
。
し
か
し
、
『
文
疏
』
に
先
行
し
て
著
さ
れ
た
『
維
摩
経
玄
疏
』
の
中
に
は
全
く
言
及
さ
れ
て
い
な
い
。
つ
ま
り
、
智顗
は
『
文
疏
』
に
入
っ
て
こ
の
「
普
集
経
」
を
経
証
に
、
自
ら
が
『
維
摩
経
』
の
宗
と
定
義
す
る
仏
国
因
果
の
特
質
を
十
一
ヶ
所
に
お
い
て
論
じ
る
の
で
あ
る
。(2)
そ
の
主
な
内
容
は
次
の
六
点
に
要
約
さ
れ
よ
う
。
①
「
普
集
経
」
は
『
維
摩
経
』
仏
国
品
に
「
彼
時
仏
与
無
量
百
千
之
衆
恭
敬
園
続
而
為
説
法
」
と
説
示
さ
れ
た
、
「
彼
時
」
に
お
い
て
な
さ
れ
た
説
法
の
内
容
を
説
く
経
で
あ
る
。
←
吉
蔵
も
同
じ
見
解
で
あ
る
。
ま
た
、
「
普
集
経
」
に
つ
い
て
言
及
し
な
い
慧
遠
も
「
彼
時
」
に
別
の
説
法
が
あ
っ
た
と
い
う
認
識
を
示
す
。
②
「
彼
時
」
の
内
容
に
つ
い
て
、
尚
統
師
の
質
問
に
答
え
て
長
耳
三
蔵
は
、
「
普
集
経
」
で
あ
る
と
言
及
し
て
い
る
。
←
統
師
と
い
う
か
ら
に
は
、
北
朝
で
昭
玄
統
な
ど
の
位
に
就
い
た
僧
と
い
う
こ
と
に
な
る
が
、
『
文
疏
』
の
内
容
を
継
承
し
て
著
さ
れ
た
と
さ
れ
る
敦
煙
出
土
の
唐
・
道
液
撰
『
浄
名
経
関
中
釈
抄
』
や
、
孤
山
智
円
撰
『
維
摩
経
略
疏
垂
裕
記
』
で
は
、
よ
り
具
体
的
に「昔高
斉
尚
統
師
問
」
と
北
斉
と
し
て
い
る
点
が
注
目
さ
れ
る
。
ま
た
長
耳
三
蔵
に
つ
い
て
は
、
高
僧
伝
等
に
そ
の
語
を
見
出
す
こ
と
が
で
き
な
い
が
、
唐
代
に
入
り
華
厳
宗
の
法
蔵
・
澄
観
・
李
通
玄
や
、
法
相
宗
の
慈
恩
大
師
基
な
ど
が
長
耳
三
蔵
の
学
説
を
引
用
す
る
例
が
見
ら
れ
る
た
め
、
そ
の
思
想
が
注
目
さ
れ
た
か
な
り
の
高
僧
で
あ
る
こ
と
が
窺
わ
れ
る
。
江
戸
時
代
の
天
台
学
僧
で
あ
る
守
篤
本
純
の
『
維
摩
詰
経
疏
籤
録
』
で
は
、
長
耳
三
蔵
を
那
連
提
黎
耶
舎
ll6